好きなことが分からない、の本質を探ってみた。

好きを仕事に—

こんなキャッチコピーをここ最近至る所で目にするようになった。

こんなにもあっけらかんと現代の勝ち組を象徴するかのようなメッセージを表現されてしまうと”好きなことが分からない”から悩んでいるんだと嘆く人が出てくるのも当然と言える。

最初は、尖った言葉であったはずなのに、段々と一般化される過程で陳腐になり、事の本質が歪んでしまうということは残念ながら、ある。

そこで今日は私なりに、好きなことが分からない、の本質とは何なのかを掘り下げて言語化してみた。

好きなことは誰しもあるはず

まず前提として、好きが分からないと悩んでいる人こそ、本当は好きなことを知っている、と私は思っている。

結論から言ってしまうと、誰しも自分が好きなことくらい気づいているのだ。

問題の本質は、好きなことが分からないのではなく、好きなことで仕事にすることやその分野でお金を稼ぐことをセットにして考えているから悩むのではないだろうか?

仕事になるまでやる

それが事実なら、好きなことでマネタイズ(収益化)できるまで遊べばいいんじゃないだろうか?

そんな簡単に言うなよ、それが出来ないから困っているんだ、と野次が飛んできそうだが、これは私が最も自分自身に突きつけているメッセージでもある。

これからの時代に求められていくことは、「遊んでばかりいないで仕事をしなさい」ではなく、「仕事になるまで遊べ」だと思う。

それが出来ないなら、悩む資格なんてないと思うし、一生アマチュアで趣味に謳歌する人生を生きればいいと思う。

でも、プロになりたいという自覚があり、それで食べていきたいと思っているのなら、みんながネットフリックスやあつ森でダラダラ過ごしている時間に一秒でも多く、自分が生業にしたい分野で過ごす時間にお金も意識も投下すべきだ。

特別な努力もせずに、あいつはいいなぁと楽しそうに働いている他人に愚痴や文句を嘆いている間に、どうやったら好きなことで収益化できるか、その仕組みを考えるべきだと思う。

これって辛い作業とは対局にあるんじゃないだろうか?

自分の商品を持って、それをどうやったら売れるか、どうやったら自分のスキルで目の前の人に価値提供できるだろうか、もっと分かりやすく言うなら、それによってどうやったら人を喜ばせられるだろうか、と考える作業はワクワクしない?

だって、それによって自己実現もできるし、何よりそんな自分が誇らしいし、好きなことをして目の前の人が笑ってくれたら、最高じゃないかと思う。

愚痴や文句を言ったって現実は変わらないし、愚痴や文句を言う人はやらない理由を見つける天才なんだろうな。

せっかく職業の自由がある時代に生まれたのなら、その権利を行使すべきというのが今の私の考えだ。

世の中にある仕事から選ばなくてもいい

以前、”他の誰かにできなくて、あなたに出来ることがあればそれは立派な仕事になる” という言葉を聞いて、私自身随分と思考がラクになった。

そんな感じで、世の中で行われていることを見渡していけば、仕事は選ぶものではなく自分にできることで他者に貢献できることなら、何でもアリだと思えてこないだろうか?

すでにある仕事の中から選ばないといけない、すでにある答えに自分の考えや気持ちをフィットさせていかない、といけないというしがらみが自分を最も苦しめる理由になってしまう。

「自分のやりたい仕事は、残念ながらこの世の中にはないなー。それなら、作るか!」くらいの気概で楽観的に新しい一歩を踏み出せる思い切りの良さがこれからの時代をつくっていくというのは、もう多くの人が気づいてきているはず。

何のために仕事をするのか

人によって答えが変わってくる問いだが、私自身は仕事は自分のためにするものだと心から思っている。

仕事は社会との接点であり、他者貢献や生活のためであるという側面はもちろんあるのだが、結局は周りまわって、自分のためである。

自分の仕事を誇りに思えたら、仕事をするたびに自分の自己肯定感が高まっていく。

逆に、自分の仕事に誇りが持てなかったり、嫌いな仕事をやり続けていると自己肯定感が低くなっていく。

好きだからこそよい仕事ができるし、行動も前のめりに、失敗したとしても改善しようと前向きに捉えることもできる。

そういった行動のひとつひとつが自分の人生の血となり、肉となる。

仕事を通して自己を成長させられるのは、なんていいサイクルアップデートなんだと気づけた。

仕事は自分が何者であるかを表す、アイデンティティーの根幹とも言える。

ゆえに、自分の信念を曲げないといけない仕事や私でなくてもいい理由が存在する仕事はやらなくていいとさえ思う。

自分の苦手なことはもっとうまくやる第三者やAIに頑張ってもらおう。

お金を稼ぐことがそのまま幸せの度合いと比例していかないのは、そこが本質だからだと私は考える。

仕事は、世のため人のためにするものだという綺麗事は、一旦脇に置いてみてはどうだろうか?

誰が何と言おうと自分が心から好きな仕事で自己実現をしている大人の笑顔が大好物だ。

自分のやりたい事も分からないような人間が他人のためだなんて考えるから、ややこしくなるんだよ。

まずは、自分がとことん幸せになって、溢れた分を世の中や育ててくれたお世話になった人に還元していけばいいと思う。

費やした時間が全て

それでも好きなことがピンとこないという人に聞きたい。

たとえお金をもらえなくてもやり続けてしまうこと、誰しもひとつやふたつあるんじゃないだろうか?

お金をもらえる、もらえないに関わらず、好きだからやってる、と胸を張って言えることが。

私自身お金をもらえるもらえないに関わらず、文章を書く時間が好きだったという自覚がある。

心の中で、文章を書くことや写真を撮ることを仕事にしたいという想いをずっとずっと秘め続けてきた。

そして、それを生業(なりわい)にしている人をみると羨望のまなざしを向けずにはいられなかった。

羨ましいなぁという感情の裏側、時には嫉妬と友達にならないと消化しきれない思いを抱くかもしれないけれど、そこにはやりたい事が隠れていたりする。

逃げずに向き合えば、きっとやりたいことに正直になれると私は思っている。

フリーランスになって、自分の内面と向き合う時間がとても増えた。

そのことに自分自分がいちばん喜んでいるし、実際のところそういう時間を持ちたかったんだな、と潜在的な自分の思いにも気づけたことは大きな収穫であった。

これからも、自分のど真ん中で好きなことを貫く人生でありたいと思うし、そのための努力は惜しまない人生でありたい。

最新情報をチェックしよう!