ライターとして文章を書く際に意識していること(前編)

世の中に優れたライターさんはたくさんいる中で、どうやったら他の誰かに埋もれずに読んでもらえるだろう…

真剣に文章と向き合う人なら誰しもそんな風に考えたことがあるはず。

ブログも毎日更新しているけれど、本当にこれでいいのだろうか…?

ロードマップのない世界で継続を図ることは、まるで霧がかった世界を歩いているように感じてしまいますよね。

そんな方へ向けて何かお役に立てないだろうか?と考え、

私自身も普段記事を書く際に気をつけているポイントを誰かに聞かれた時の覚え書きにすればいいか、とそんな気持ちでまとめてみました。

しっかり目に書いているうちに、長くなってしまったので、今回の記事を【前編】として公開します。

ライターとしてのtipsではなく、ブログを運営している方もこれから記事を書く際に参考にしてもらえれば嬉しいです。

ライターだってサービス業と同じ。

わたしの師匠のような存在の方が「ライターだってサービス業と同じ」と言っているのを聞いてハッとさせられました。

言い得て妙だと思いませんか?

ここに疑問がある人ならきっとこういう情報も求めているはず」、「ここでつまづくかもしれないから先回りして注釈を添えておこう」など…

行き過ぎは禁物ですが、それでも相手を想像して気を配れる視点を持てるって素敵だし、オカンにならない程度の世話焼きなら現実世界でもモテるだろうなと想像します。

最適な言葉遣いはその時々で変わってくる。

最適な言葉遣いはその時々で変わってくる。

かっこいい横文字や略語覚えたら使ってみたいですよね。

でも、例えば、記事のターゲットが「ネットに詳しくない人」なのに、いきなり CVRが上がります、と言われても何のこっちゃ分からないですよね。
(余談ですが、わたしははじめてCVRと聞いたとき、冗談抜きでMAZDAの新車種かと思いましたw(CX-5的な)

一般的でない言葉の横に説明や注釈がなかったら、その読者さんはその時点で離脱して先を読むのをやめてしまいます。

もっと分かりやすい表現はないかな、と代替案を考えてみたり、それがないならないで、注釈を添えたりするのがやさしさかな、と思ったりします。

私の場合、はじめて触れる言葉は調べないと気持ちが悪いタイプなのですが、みんながみんなそうではないだろうなとも思っています。

「きっと分かってもらえるだろう」「分からないなら調べてくれるだろう」は随分と乱暴なエゴかなと。

その際に必要なのは、読者層の明確化です。

ターゲットは誰に向けて書いているのか(=ペルソナの明確化)

先の内容にも通じますが、誰に向けて書いているのかのターゲットをハッキリさせることが良い文章を書くポイントかなと(=ペルソナの明確化)

すると同じ内容でも自然と表現方法が変わってきますね。

『若者』『お年寄り』でもまだまだ抽象度が高すぎるので、もう少し掘り下げて考えてみましょう。

若者 => Webデザインを勉強する女子大生
お年寄り => はじめてスマホを手に取るお年寄り

といった感じです。

一言一句に責任を持つ。

ネットから連れてきた情報、「それ、ホンマかいな」という視点を忘れないようにすることもひとつ大切な条件だと考えます。

その心は・・・

例えば、とある記事に『フリーランスエンジニアは稼ぎやすい職業である』と書かれていたとします。

その時に、ふんふんそうか。と安易に信じてしまうのは、短絡的すぎるなと思うのです。

何を以てそう言っているのか?

その人自身の立場は、フリーランスのエンジニアなのか?

こういった視点で、ちょっと面倒くさいくらいにひとつひとつの文章を疑って読んでいくと矛盾点に気づけたり、自分が書く文章の一言一句に責任を持てるようになると思います。

自分の書いた文章の一言一句に責任が持てるか。どこをどうつかれても説明ができるようにしておくこと、これ意外と大事です。

SEOキーワードにとらわれすぎない

「Web上に記事を公開してGoogleからの検索流入を狙うなら、とにもかくにもSEO(検索エンジン最適化)の知識ないといけない」過去にそんな言葉を耳にしたことはないでしょうか?

たしかに、Googleのアップデートが頻繁におこなわれている現在も大切であることに変わりはないのでしょう。

しかし、それを追い求めて行き過ぎるのは良くないな〜と個人的には感じています。

言うなれば、意識するあまりシンプルに、文章としてのつながりが気持ち悪く感じてしまうのです(笑)

SEOにがんじがらめになって書かれた記事はどこかやっぱり不自然なんですよね。

実際に書いてみて思うのですが、芽生えるのは「キーワードを入れてくださいなんて指示されなかったら、自分は絶対入れない…」という自我です。

なので、文章に違和感なく入っている、くらいが一番自然なのかなと考えています。

あと、”なんか不自然な文章” そう思われた時点で読者を逃しているので損だなと。

それよりも定期的なファンをつけて読みにきてもらう方が建設的だと思いませんか?

引き算の美学

文章全体を通して読んでみて、冗長的になっていないか?

この表現は他の言い回しで代用出来ないか?

私自身もついついダラダラと長めに書いていないか、もっとも気をつけたいポイントなのですが、

「引き算の美学」という言葉があるように、けっきょくは足し算の思考よりも、削って削って…とにかく無駄を削って伝える術はないか、という引き算のとらえ方の方がいいのかもしれません。

短くまとめて伝えられる人の文章ってやっぱり美しさが宿っています。

そう思うと、140文字の表現しか許されないTwitterは簡潔に伝える訓練にはベストですね。

時代は変わっても、要点を押さえ簡潔で読みやすいメッセージが最強です。

つまり何が言いたいの?と思われないために

結局、何を言っているのか分からない人は、その人自身がよく理解していないんだな、と思う瞬間ってありませんか?

説明がうまい人は、その人自身がその分野のことをしっかり理解している、はどうやら間違いのない事実です。

そのために、とにもかくにも下調べは惜しまないようにしています。

なんとなくの理解で書いていくのではなく、関連する記事を10記事くらい別タブで開けて読み進めていくと記事の方向性が見えてきます。

なので、すでに知っている内容を書く際も0から勉強する気持ちでトライしています。

ネットの記事で満足する理解が得られなければ、書籍にも頼るのも手ですし、ある程度のしつこさは大事だなというのが私の考えです。

いろいろと比べることで、本質が見えてきたり、あれ?この部分はやや辻褄が合っていないな?といったような矛盾点に気づくことさえあります。

勉強していくうちに、知識や理解が勝手に深まっていく点は、仕事を通して自己を成長させられるのでこの世界の素晴らしさのひとつでもありますね。

一読者として記事を読んでいて、明らかにその分野の知識がそれを書いたライターよりも自分の方が上回っていた場合、誰しもその記事の内容は陳腐に思えてしまうのではないでしょうか?自分なら、もっとこう書くのにな、という前のめりで主体的な気持ちが良い文章を生み出すような気がします。

ライターとして文章を書く際に意識していること(後編)に続く・・・

最新情報をチェックしよう!