ライターとして記事を書く際に意識していること(後編)

こんにちは、かほです。

前回のライターとして記事を書く際に意識していること(前編)に引き続き、今回は後編を書いていきたいと思います。

以下、つらつらとエラそうに綴っていますが、本来は自分が記事を書く際に気をつけているチェックリストでもあります。

何かひとつでも「あっ、これいいな」と思ってもらえるヒントになるようなものがあれば参考にしてもらえると嬉しいです。

差別化するなら、独自の視点と付加価値を

これだけネットやSNSが生活の一部に染み付いてしまった現代は、世の中にコンテンツが溢れかえっていますよね。

気づけば、似たようなタイトル、過去にどこかで見たような内容・ノウハウ…がたくさんあります。

誰しもが簡単に情報にアクセスできるようになってしまった以上、求められているのは正しい情報や模範解答ではなく、実体験から生まれる生の声だと感じます。

真似されてもマネされない設計の一番のポイントは、やはり独自の視点による気づきです。

ハウツー記事で言うところのノウハウの部分は真似されても、そこから何をどう学ぶかといった感情が動かされる部分は書き手によって違う、といった感じです。

経験に勝るものはないとよく言いますが、やはり説得力が違うという一番の理由です。

同じ事柄でも切り取る角度が変われば、記事はいかようにも展開、拡張させていけます。

「この記事、他でも読めない?」そんな風に1ミリでも思われないために、独自の視点と付加価値を加える工夫はずっとずっと続けていきたいと思っています。

えっ?教科書ですか?

先ほどの独自の視点と付加価値をつけるにも共通して言えることではありますが、正解を網羅的に解説しただけの記事の価値はある一定のところで止まってしまうというのがわたしの考えです。

人を動かす原動力は、衝撃と感動なので、記事の向こう側に生身の人間を感じさせるような文章、感情が動き行動を促す文章の価値はとてつもなく高いなと感じます。

他のサイトを開けば手に入る事実や正解だけを羅列した教科書のような内容をわざわざ私が書く必要はないし、ひとつでもいいから心に残してもらえるようなメッセージを残すことに使命を感じてこれからも文章を書き続けていきたいと思います。

他者目線はあるか。事故(自己)満記事にならないために

どこまでいってもやはり読者がいてこそ成り立つというのが読み物というもの。

これホンマにおもしろいと思ってんの?

そんな冷ややかな目線で自分の記事を見つめてみると、自己満かなと思えてきて慌てて加筆修正することも多々あります。

身内ネタはないか?

落とし所はここでいいかな?

自分にとっては当たり前にフレーズも、画面の向こう側で意味が伝わらずフリーズしたり、離脱してしまう読者がいるなら、その言葉はコトバとしての意味をなしていませんよね。

読者にやさしくあるべきところは徹底的にやさしくあり、読ませる文章を書けるのが素晴らしいライターの条件なのかなということは常に考えるようにしています。

ある意味でライターってほんとにサービス業だなと思います。

校正>>>執筆

「書き終わった〜〜バンザーイ!」

書き終えた達成感とともに、手放しに喜びたい気持ちが募ります。

しかし、一晩とか一定の時間をおくと割とフラットな視点に自分の文章を読むことができるので、あれなんか違う…と思うこともしばしばあります。

なので、個人的には記事を書き終わってからの推敲に時間を割くことの比重が大きいと思うことさえあります。

最初から、一言一句丁寧に執筆していくと思っている以上に縛られるので、おすすめの方法は記事を書くときはある程度まとまってバァーと一気に書き上げてしまって、校正に時間をかけることの方がいいのかと。

一連の流れの例として、

構成を考える → 下書き → 熟成 → チェック → 入念に推敲  → 完成!

とするならば、それぞれのフェーズでのある程度の完成度を決めておくのがいいかなと思っています。

例として、手戻りが発生しないように、構成の段取りはしっかりする。下書きの時点では、細かい部分の言葉遣いには気を払わず、完成度は6割くらいで一旦書き上げる!といったような感じです。

それぞれのフェーズでの完成度を決めておくと、無駄なところにエネルギーを使わなくてすみます。

自分が世の中に生み出すものに常に一切の妥協をしたくないので、あらかじめアクセルを踏むところと緩めるところを決めておけば、完成度はブラさず結果的には省エネにもなります。

自分の考えは言う?意見を添えるところと添えないところ

「自分の意見が言えないなら、そこにいる意味ないよ?」

少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、これは自分が海外へ出てみてかなりの場面で遭遇した言葉でもあります。

時には、ライターの考えを押し出さない方がいい場面があることは重々承知しているのですが、誰でも手に入る情報だけを並べられたメディアの記事はきっと人間どこかで飽きてしまうと思っています。

反対に、ライターの色を消してしまった方が良い場面もありますよね。

単純にどちらが良い悪いではなく、読者にとってどちらがより効果的か、の視点で考えるようにしています。

まとめ

最後に、「それでも文章を書くことが好きか」どうかということ。

文章が好きな人が書いた文章はやっぱり面白いです。どうしたって文章からハンパない熱量が伝わってきます。

それは、その人自身が面白いからこその裏返しであると私は考えます。

率先して、面白い体験をたくさんすること。

日常をどの角度で切り取ろうか常に考えること。

新しい瞬間に触れることを心が待ち望んでいるなら、素直に直感に従って行動してみると伝えたい気持ちや書きたい気持ちが自然に湧いてきて筆をとっていること間違いなしです。

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